見逃せない怖いのどの痛み:killer sore throat🍒
今回は、若き日の失敗談からお話しさせていただきます。
医師になって3年目か4年目の頃です。高山赤十字病院での多科セミローテート研修と内科研修の初期研修を終えて、高山市中心部から車で1時間ほどの村の診療所医師として赴任していました。医師は私だけ、看護師1人の無床診療所です。
ある日の午後11時過ぎ、電話で起こされました。のどが痛いので診て欲しいとの依頼です。患者さんは中年男性、昼間魚釣りして帰ったら、夕方から強いのどの痛みで水飲むのもつらい、唾を飲み込むのも難儀とのこと。口を開けてもらい、咽頭を観察するも発赤はなくて、扁桃炎もない様子です。
「のどは赤くないし、扁桃も腫れていないよ。お魚さんのたたりかな」などの軽口をたたくも、患者さん痛くて辛そうでしたので、朝になったら日赤(高山赤十字病院のこと)の耳鼻科に行くよう紹介状を書いて、抗生剤と鎮痛剤を処方しました。
翌日、診療をしていると、初期研修でお世話になった耳鼻咽喉科部長から電話がありました。「今日送ってもらった患者さんだけど、“急性喉頭蓋炎”だったよ。今処置が終わって入院してもらったところだけど、処置が遅れたら窒息することもある怖い病気だから。」口調は穏やかですが、こういう患者さんは夜中でも送らないと、と厳しく諭されました。
多科ローテートの研修を終えて、診療所に赴任して、日々の診療をそつなくこなしながら、もう何でもできるような気になっていた、若い頃の天狗の鼻をへし折られた、苦い経験でした。恥ずかしながら、“急性喉頭蓋炎”という病名を初めて知った私は、すぐさま教科書にあたり、研修日に高山赤十字病院の図書館で、文献を探して勉強しました。
急性喉頭蓋炎
喉頭蓋とは、喉頭(のどの奥のほうです)の蓋のような部分で、飲み込みの時などに、声門・気管の蓋となって誤嚥を防ぐ役割をしています。
ここに主に細菌性感染により腫れを引き起こすのが、急性喉頭蓋炎です。非常に強いのどの痛みや嚥下痛(飲み込むときの痛み)があり、つばも飲み込めないと口の中につばをためてお話しされたり、流涎(よだれ)がみられることも。
声がくぐもったり、呼吸が苦しい、のどに聴診器をあてて呼吸性雑音が聞こえたら、窒息の危険が迫っていますので、救急搬送が必要です。
5 killer sore throat
強いのどの痛みがあり、唾も飲み込めない、口を開けてもらい、見える範囲ののど(咽頭といいます)に所見がなければ(喉頭は通常の内科診察では見ることができません)、急性喉頭蓋炎の可能性を心配して、すぐさま耳鼻咽喉科の先生を紹介させていただくことになります。
この急性喉頭蓋炎を含め、生命の危機の及ぶ可能性のある5つの疾患が、いわゆる“5 killer sore throat”とよばれています。
簡単に、他の4つの疾患についてご紹介いたします。
扁桃周囲膿瘍
扁桃炎の炎症が、周囲に波及して膿瘍を形成した状態です。片側の扁桃を含め周囲組織が腫れ、口蓋垂が反対側に偏ります。強い嚥下障害(飲み込めない)、開口障害(口を開けられない)を来たします。呼吸困難や、縦隔炎などのさらに重篤な感染症をきたすおそれがあります。
咽後膿瘍
咽頭後壁の膿瘍です。脳底や縦隔まで波及し、さらに重篤な感染症に移行したり、気道閉塞の危険もあります。
Ludwig’s Angina(ルードヴィッヒアンジーナ:顎下膿瘍)
主に歯性感染からの顎下軟部組織の蜂窩織炎です。著しい口底部の腫れ、疼痛、発熱、開口障害がみられ、気道狭窄を来たします。
Lemierre症候群(レミエール症候群)
感染性血栓性頚静脈炎。内頚静脈圧痛や、患側の側頚部や顔面の浮腫をきたします。肺塞栓や、感染性心内膜炎、敗血症といった重篤な感染症を引き起こします。
急性喉頭蓋炎や扁桃周囲膿瘍を除いては稀な疾患で、私も遭遇したことはありませんが、“5 killer sore throat”をよく知ったうえで、のどの痛い患者さんを診てゆくことはとても大切です。
他にも、急性冠症候群や大動脈解離など、決して見過ごすことのできない循環器緊急症で、のどの痛みが症状となることを考慮すべきとされています。
このようなことを踏まえ「のどが痛い、風邪かな、扁桃炎かな?」と患者さんが来院されたとき、私たちは、いつもkiller sore throatを頭において、少しばかりの緊張感をもって診療にあたらせていただいていることを、知っていただければ幸いです。
さくらんぼ通信 第 5 号