漢方薬と私の診療🍒
私は、総合病院(岐阜県高山市の高山赤十字病院)や大学附属病院(さいたま市の自治医科大学附属さいたま医療センター(当時は大宮医療センター))といった、大きな病院にかつては勤務していました。
その頃は、漢方薬にはあまり興味もなく、処方する機会も少なく、患者様に求められたときに最小限処方するぐらいでした。
ところが、クリニックを開業してからは、漢方薬を処方することが大変に多くなりました。大病院勤務の時には、拝見する患者様も自分の専門とする消化器・肝臓疾患の方が多く、処方薬もある程度限られていました。開業医となってからは、様々な分野の患者様を拝見するようになり、患者様の日常的な多様な症状に対応させていただくようになりました。そのような多彩な症状には、通常の薬物、いわゆる西洋薬だけでは、細やかに対応することが難しいなと痛感するようになりました。
漢方薬を少しながら勉強すると、実に多彩な症状に対応できると実感しました。最初は、西洋薬の「隙間」をうめてゆくという感覚で、漢方薬の処方をするようになりました。
漢方医学には、陰陽・虚実・表裏・寒熱等の独自の病態評価や、気血水といった身体のとらえ方、望診・聞診・問診・切診、舌診、腹診といった独自の診断法などがあり、本来はそのような概念に従って処方をするのが望ましいと思います。
ただ、私は、漢方に詳しい先生方から、「最初は西洋医学的に、症状に対応した漢方薬の選択から始めていいんだよ」とアドバイスいただいたことをいいことに、未だそこから進歩していません。
それでも日常診療のなかで、漢方薬が患者様の様々な症状の改善に、とても役立っていることは実感しています。
自分の漢方薬処方の現状はどうなのか、門前の薬局さんにお願いして、私が多く処方している漢方薬を調べてもらいました。どんな時に私が漢方薬を処方するのか、多い順にいくつか紹介させていただこうと考えました。
以下の内容は、漢方医学の教科書的な紹介では決してありませんし、学問的な内容でもありませんので、その点はどうかご容赦いただけたらと思います。
大建中湯(ダイケンチュウトウ)
この薬、日本で一番多く処方されている漢方薬と聞いたことがあります。お腹が張ってつらい、いわゆる「腹部膨満」の症状に用いる薬です。お腹が冷えていて便秘・腹満・腹痛があってという場合がいいそうです。開腹術後の麻痺性イレウスなどの改善・予防に外科医が処方することも多いようです。
私も一番多く処方している薬です。少しお腹が張って、便秘しているときなど、酸化マグネシウムとともに処方したり、過敏性腸症候群が疑われる患者様にもよくお出しします。
六君子湯(リックンシトウ)
食欲不振、胃もたれ、胸焼け等の、上部消化管症状の改善の第一選択となる薬です。グレリンという食欲を高めるホルモン分泌を促しているとも言われます。
酸分泌抑制剤と一緒に、胃食道逆流症や機能性ディスペプシアの際に処方することが多いです。
茯苓飲合半夏厚朴湯(ブクリョウインゴウハンゲコウボクトウ)
茯苓飲は、胃部膨満感、悪心、胸焼け等の症状改善に用いられる薬です。半夏厚朴湯は、あとで出てきますが、不安感や抑うつ感等の症状に用いられます。私は六君子湯とともに、胃食道逆流症や機能性ディスペプシアの際に、心因的要因が強そうな患者様によく出しています。
小青竜湯(ショウセイリュウトウ)
鼻水、鼻づまりといえばまずこの薬です。上気道炎の際には、第一世代抗ヒスタミン剤の口腔内乾燥や眠気などの不快な副作用の回避のため、小青龍湯をよく処方します。また、花粉症のようなアレルギー性鼻炎などで鼻づまり症状が強い場合は、抗アレルギー剤としての第二世代抗ヒスタミン剤は、鼻づまりの改善作用は弱いので、小青龍湯を併用させていただくことが多いです。花粉症のシーズンを小青龍湯単剤で乗り切られる患者様も何人かおられます。
半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)
不安感や抑うつ症状に、のどの異物感や動悸、めまい、悪心などを伴う場合、いわゆる漢方では「気鬱」といわれる状態の薬です。漢方の精神安定剤とも言われています。ただし、うつ病や双極性障害などの病的うつ症状は対象外です。
のどに違和感、異物感、引っかかる感じなどがあって、耳鼻咽喉科でも胃内視鏡検検査でも症状を説明できる器質的疾患がない場合など、半夏厚朴湯を処方しますが、全ての患者様に効くわけでもない印象をもっています。
呉茱萸湯(ゴシュユトウ)
五苓散(ゴレイサン)
呉茱萸湯は頭痛の治療薬として、五苓散とともに第一選択となる薬です。慢性頭痛で冷え症の場合は呉茱萸湯冷え症でない場合は五苓散がいいとされます。
片頭痛で、屯用薬の使用回数を減らすために、呉茱萸湯をよく処方します。
抑肝散(ヨクカンサン)
抑肝散加陳皮半夏(ヨクカンサンカチンピハンゲ)
いずれも、イライラ感や怒りっぽさを軽減する作用があり、認知症の周辺症状の緩和によい効果があるとされています。抑肝散で胃もたれしたり、体力が低下しているときに抑肝散加陳皮半夏が良いようです。
イライラ感が強くて不眠気味の方に試してみると、いい場合があります。
芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)
こむらがえり症状をよく改善します。甘草の副作用に注意し、1日1回、多くても2回にとどめ、長期の漫然とした処方は控えるようにしています。
半夏白朮天麻湯(ハンゲビャクジュツテンマトウ)
苓桂朮甘湯(リョウケイジュツカントウ)
いずれも、めまいの漢方薬の代表です。食欲不振や頭重感を伴うときは半夏白朮天麻湯、動悸・不安の強いときは苓桂朮甘湯がいいとされます。また、いずれも頭痛の漢方としても用いられますし、むくみや頭痛をともなうめまいには、頭痛の漢方の五苓散がいいとされます。こういうことが、漢方の不思議な点だなあ、といつも思います。
中枢性めまいや、聴力障害を伴うメニエール病や突発性難聴などはしっかり否定された上であることはいうまでもありません。回転性より、ふわふわ感のめまいが良い適応とされます。
牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)
下肢の痛み、しびれ、腰痛、頻尿、排尿困難など多彩な症状に効果があるとされます。あくまでも私の主観的印象ですが、多くの患者様に効くというよりも、効く人には良く効く薬と思います。そんなに頻繁に処方するわけではないのですが、効果がある患者様は継続して服用していただいていますので、処方機会が多くなっているのだと思います。
以上、かなりの主観を交えて、漢方薬と私の診療について書いてみました。漢方の教科書的な内容ではありませんし、誤った記述もあるかもしれませんので、どうかご容赦ください。
ただ、日常診療において、患者様の様々な症状の改善に、漢方薬が役立つ場面は実に多いということはご理解いただけるかと思います。
西洋薬の「隙間」をうめようと、試み始めた漢方薬の診療ですが、いまでは漢方薬の果たす役割は、決して「隙間」ではないと実感しています。
さくらんぼ通信 第 3 号